‘2016/03’ カテゴリーのアーカイブ

司法消極主義について知ろう

2016/03/17

日本では、三権分立が採用されています。三権分立とは、立法権・行政権・司法権がそれぞれ独立して活動するというものです。ここで誤解が生じやすいのは、三権分立とは、それぞれの活動を効率よくする制度であるとの認識です。この認識は誤りで、三権分立とは、むしろ三権をお互いが監視・抑制することで、それぞれが行き過ぎた行動をすることを防止するための制度なのです。三権分立において、司法権は、立法権が、日本国のルールたる日本国憲法に反する立法をしていないかを監視する役割を負っています。これを違憲立法審査権といいます。しかし、いくら監視する役割を負っているといっても、本来立法は国会の役割であり、司法権は立法権について門外漢なわけです。それにもかかわらず、司法権が違憲の判断を積極的に行うと、どのようなことが起こるでしょうか。ある法律が違憲と判断された場合、立法府はその法律を改廃することになります。立法とは法律を作るばかりでなく、法律を改廃することも含みますから、司法権が違憲の判断をすればするほど、それに従って法律が改廃され、結局、裁判所が立法権の活動をすることになり、三権分立に反することになってしまうのです。これでは、三権分立が機能しないので、日本においては司法消極主義が採用されています。この司法消極主義とは、司法権は立法権を監視する役割を負っていますが、第一は立法権の判断を尊重し、違憲審査をすることは控えるという主義です。このように、三権分立をうまく機能させるために、いろいろな政策がとられています。

統治行為論について知ろう

2016/03/17

三権分立の元では立法権が国会に与えられているため、法律を作る権限があるのは国会ということになっています。そして、国会の構成員である国会議員が会期中に議論をして採決をとることで、法律案が成立します。しかし、国会の議決を経て成立した法律が、必ずしも憲法に適合している保証はありません。そのため、憲法に違反している疑いの強い法律に関しては、裁判所が違憲立法審査権を行使して、違憲判決を出すことになります。違憲の疑いの強い法律により、権利を侵害された者が裁判を提起することで、違憲審査を行うことが可能になります。
しかし、憲法に違反している疑いのある法律の全てに対して、違憲立法審査権を行使して無効にできるというわけではありません。統治行為論により、違憲審査そのものをしない場合があります。高度の政治性を有する事案について、統治行為論を用いることで、違憲審査をしなかった例が過去にもいくつかあります。
統治行為論においては、違憲でないと判断するというわけではなく、たとえ違憲であっても裁判所の権限で、政治性の高い問題に関する法律を無効にするべきではないという考えです。また、統治行為論とは別に、違憲審査が行われて、その結果違憲でないという判決が出た例も過去にいくつかあります。

立法の不作為について知ろう

2016/03/17

国会がある法律をつくるのを怠っているときにそれが訴訟で違憲として問題となることはあるのでしょうか。立法は政治的な要素があるうえ国会には民主的基盤もあるので立法はその裁量に任せるべきであるとも思われます。これについては、①立法をしない立法の不作為が違憲となることはあるのか、あるとすればどういう場合かと、②違憲となってもそれが司法の違憲審査の対象になるのか、なるとすればどのような形で争われるのかという問題の2つを分けて論じるのが一般です。
前者については、いつどのような内容の立法をするかは原則として国会の裁量となるけれども、憲法の明文あるいは解釈上立法すべきことが義務づけられているときには立法不作為は違憲となると考えられます。ただ、立法はさまざまな状況下で行なわれるものであるし、立法すべきことがどの程度明確といえるか、ということもあります。そこで、国会が立法の必要性を十分認識し、立法しようと思えばできたにもかかわらず、合理的期間を経てもなお放置しているというような状況があれば、立法不作為は違憲となると考えられます。
後者については、個人の重要な基本的人権が立法不作為によって実際に侵害されていることが明確な場合には、争い方によっては司法審査の対象となるとされています。その争い方としては、従来立法不作為の違憲確認訴訟を中心に議論されましたが、その判決のあり方によっては立法権の侵害とならないか、という問題もあります。そのほか、通常の行政事件訴訟などにおいて不備ある立法にもとづく措置を違憲と判断することを求める方法、あるいは国家賠償請求訴訟で立法不作為の違憲を争う方法がありえます。

司法裁判所型違憲審査制について考える

2016/03/17

法律、命令、処分などが憲法に違反しているかどうか審査する違憲審査を、国のどの機関が行なうかは、国や時代によって異なります。フランス第四共和政憲法では憲法委員会という政治機関が審査をするものでした。しかし、多くの国ではこのような政治機関でなく、裁判所が違憲審査をしています。
裁判所の違憲審査にも、特別に設けられた憲法裁判所が違憲審査をする「憲法裁判所型違憲審査制」と通常の裁判所が審査をする「司法裁判所型違憲審査制」があります。前者はヨーロッパの諸国でとられるもので、特別な憲法裁判所が具体的な事件と関係なく違憲審査を行ないます。これを「抽象的違憲審査制」といいます。後者はアメリカ合衆国などのとるもので、そこでは通常の裁判所が具体的な事件を裁判する際に、その解決に必要な限度で、違憲審査を行ないます。これを「付随的違憲審査制」といいます。その背景には権力分立制の下でも、ヨーロッパでは専制君主とその下で権力をもっていた裁判所に対する抗争を経て近代立憲主義国家となったという経緯から立法権を優位に考えるのに対し、アメリカ合衆国ではイギリス議会の法律や州法に対抗してきた経緯から立法権不信のもと三権を同等に考えるということがあります。
日本は憲法81条から司法裁判所型違憲審査制をとっていることがわかりますが、付随的違憲審査のほか、抽象的な違憲審査をすることも可能であるかどうかの議論はあります。81条は「司法」の章に定められており、司法とはそもそも具体的な事件を前提としてそれを解決するものであるということから、抽象的違憲審査は認められないと考えるのが一般です。

客観訴訟について

2016/03/17

裁判は通常なら、具体的な出来事が起きて、それについて争います。刑事裁判であれば、被告人が本当に犯人なのかということを争ったり、量刑について議論をすることになります。民事裁判であれば、原告が被告に対して、何らかの要求をするわけです。不法行為責任を追及するのであれば、被告の具体的な行為や不作為に対して責めてます。そして、被告による被害がどの程度あったのかということを立証して、具体的な金額を提示して損害賠償請求をするという流れです。交通事故や契約の債務不履行などがその代表的な例です。
これに対して客観訴訟の場合には、争う対象となる具体的な事件や出来事がありません。主に違憲立法審査権を行使してもらうことを目的に起こされます。しかし、日本においては客観訴訟は制度として認められていません。法律が成立したという事実だけでは、その内容にかかわらず、誰も被害を被らないためです。成立した法律を行政機関などが運用した結果、権利を侵害された人が出て来て、初めて訴訟を提起することが可能になります。この際に憲法違反を争うのであれば、違憲立法審査権も行使できるというわけです。国によっては客観訴訟も訴訟の種類として認められているところもあります。

審査対象について

2016/03/17

日本国憲法は、最高裁判所に違憲審査権を付与しています。この権限により、最高裁判所は日本における、ありとあらゆる法律が憲法の規定に反していないかどうかの判断をします。さらに、最高裁判所は法律だけではなく、地方自治体が制定する条例についても、違憲の判断をします。例えば、ある条例が、憲法に規定される「表現の自由」を侵害している場合、最高裁判所はその法律につき違憲という判断を下します。ここでポイントなのは、ある法律が人権を侵害している場合のみならず、「法律が制定されないこと」により憲法に規定される人権の保障がされない場合も、同じように違憲なのです。これを「立法の不作為(=なにもしないこと)」といいます。立法がなにもしないことにより、本来保障されるべき人権が保障されないことも違憲なのです。この判断は、既存の条例が違憲であるよりも難しい判断となります。なぜなら、既存の条例が違憲の場合は、憲法の規定と条文を照らし合わせれば違憲かどうかの判断ができますが、立法がされていないことが違憲となる場合の判断は、照らし合わせができないのみならず、立法権の判断に口を出すことになり、三権分立という制度を崩しかねないことになるからです。違憲の判断は、最高裁判所にとっては大変難しい問題なのです。

違憲審査制と裁判所とは?

2016/03/17

最高裁判所は、日本国内の裁判事件などの最終的な判決を下す裁判所のことで、裁判事件がここで終審することとなります。多くの刑事事件や民事事件などは、まずは下級裁判所に持ち込まれ、そこで裁判が行なわれた後、判決が下されます。

その下された判決を不服とすると、今度は上級の裁判所に案件が持ち込まれることとなります。そして、上級の裁判所でも判決が下されるので、もしそれでも不服とすると最後に最高裁判所に持ち込まれる流れとなります。

日本においては、三審制を採用しているので三回まで上訴することが可能です。なお最高裁判所では法律、命令、規則、処分が憲法に適合するかどうかの違憲審査を行う裁判所です。

ただ最高裁判所は、最終審であることから違憲審査の最後の砦であることから「憲法の番人」とも呼ばれている裁判所となります。なお日本国憲法は、法律、命令、規則、処分などの上位に存在する法となり、総ての裁判所が拠り所としなければならない存在である訳です。

違憲審査制とは、総ての裁判所は法律、命令、規則、処分が憲法に適合しているかしていないかの違憲審査を行う判断をする制度のことです。判例においては、下級裁判所でも違憲審査の主体となると解釈されています。

 

 

 

付随的違憲審査制と抽象的違憲審査制とは?

2016/03/17

憲法は、国に基本方でその中ではこの国の統治機構の関係、司法、公務員のことだけではなく、人権についても多く規定があります。日本国憲法もとで人権は最優先に守られるべき権利であり、その侵害に対しては何人も許されません。こうした人権侵害並びに憲法の各条文に違反している状況を正していく制度が違憲審査制で、この機能があるからこそ、この社会で人権侵害されず、憲法の予定する調和が生まれ、安心して生活が送ることができるわけです。
この違憲審査制には。二つの考えた方があり、ひとつは付随的違憲審査制、もう一つは抽象的違憲審査制です。付随的違憲審査制は、具体的な事案の中でその人権侵害などの違憲状態を判断するもので、たとえばある法律が薬局の設置に範囲に制限をしたことは経済活動の自由に違反するなど、具体的に行政などの規制されて侵害が生じたと思われるときにその違憲合憲を判断する方法で現行制度はこれに該当します。一方の抽象的違憲審査制は、具体的な法律の争いを経ることなく、法律は制定された段階で、憲法栽培所などが一般的な訴えとして違憲合憲の判断をするシステムで、現行の日本ではこの手続きがないので、この制度は存在しません。付随的違憲審査制と抽象的違憲審査制のメリットは、前者は現実に即した憲法判断が可能で、後者は早い人権救済が可能とされいます。

制度の歴史

2016/03/17

違憲審査制とは、法律や行政処分が憲法に違反しているかどうかを調べる制度のことを言います。立憲主義という政治制度のもとではとても大切なものになってきます。違憲審査制の歴史は古く、1803年に、アメリカで発祥しています。当時アメリカでは、イギリス議会の支配下にあり、法律を自由に作ることが難しかったのです。しかし、独立を果たすと、法律を自由に作ることができるようになり、憲法も作ることになったのです。そこで、違憲審査制というものが誕生したといわれています。違憲審査制はアメリカの政治の根幹をなす制度になったといってもよいでしょう。
その後、違憲審査制はヨーロッパにも広がります。ヨーロッパでは、憲法より、議会での立法が重きを置かれていたのですが、アメリカからの流れを受けて、違憲審査制が導入されます。また、1930年ごろのドイツのナチズムの台頭により、議会での立法が、人々の権利を侵害したとして、戦後ドイツでは、憲法に重きをおいた政治が行われることになります。そして、ドイツでは、憲法裁判所が作られ、ここで、違憲がどうかを審議するとい流れができました。
日本でも戦後、憲法に重きを置かれた政治がなされることになり、違憲審査制は重要な制度となりました。日本では違憲かどうかを判断するのは最高裁判所であると規定されています。
このように、違憲審査制は現在の各国の政治制度にはなくてはならないものなのです。

違憲審査制について知ろう!

2016/03/17

今日は日本の違憲審査制について紹介します。日本国憲法は、最高裁判所に違憲審査権を付与しています。簡単に言うと、違憲とは国会の作った法律が憲法の内容に反していることを言います。国会は憲法や法律の専門家ではないため、ややともすると、憲法に反する法律を作ってしまいかねません。憲法に反する法律がそのまま放置されたのでは、国民の権利が侵害されてしまいます。そこで、憲法の番人として、最高裁判所に法律が憲法の内容に合致するかの判断権が与えられているのです。(もちろん、地方裁判所・高等裁判所にも判断権はあります。)違憲審査と言っても、最高裁判所は裁判があればいつも違憲かどうかのチェックをするわけではありません。最高裁判所が違憲審査をするのは、裁判を起こした当事者が、「この法律は憲法に反する」と主張した場合にのみ判断するのです。最高裁判所が憲法の番人という役割を担っていても、積極的に違憲審査をしないのは、国会が作った法律を尊重することをまず大事にしているからです。日本では、三権分立の下、司法権・行政権・立法権がそれぞれ尊重しあい、何か問題があるときのみ、口を出すというという形式が採られています。だから、裁判所は違憲審査権の行使に消極的なのです。犬08

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